最判昭57.4.8 第二次家永

最判昭57.4.8 第二次家永

昭和51(行ツ)24 検定処分取消 昭和570408日 第一小法廷 判決 破棄差戻し 民集 第364594

 

東京高等裁判所 昭和45(行コ)53 昭和501220

 

判示事項

 学習指導要領の改正と教科用図書検定規則(昭和二三年文部省令第四号、昭和五二年文部省令第三二号による改正前のもの)一〇号条、一一条による改訂検定の許否

 学習指導要領の改正と改正前の学習指導要領のもとにおける改訂検定不合格処分の取消しの訴えの利益

 

裁判要旨

 教科用図書検定規則(昭和二三年文部省令第四号、昭和五二年文部省令第三二号による改正前のもの)に基づく教科用図書検定基準(昭和三三年文部省告示第八六号)により教科用図書の検定における審査基準の実質的内容とされている学習指導要領が改正されて新たな学習指導要領が全面的に実施された場合には、原則として、改正前の学習指導要領のもとで検定に合格した教科用図書についての同規則一〇条、一一条による改訂検定は許されない。

 学習指導要領の改正により新たな学習指導要領が全面的に実施された場合には、原則として、改正前の学習指導要領のもとでされた教科用図書検定規則(昭和二三年文部省令第四号、昭和五二年文部省令第三二号による改正前のもの)一〇条、一一条による改訂検定不合格処分の取消しの訴えの利益は失われる。

 

参照法条

教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第4号、昭和52年文部省令第32号による改正前のもの)10条,教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第4号、昭和52年文部省令第32号による改正前のもの)11条,行政事件訴訟法9

 

         主    文

     原判決を破棄する。

     本件を東京高等裁判所に差し戻す。

 

         理    由

 上告代理人村松俊夫、同秋山昭八、同石原豊昭、同鈴木稔、同平井二郎、上告指定代理人貞家克己、同近藤浩武、同渡辺剛男、同中島尚志、同畦地靖郎、同奥田真丈、同菱村幸彦の上告理由第一点について

 本件各検定不合格処分にかかる図書の著作者である被上告人は右処分の取消しを訴求する適格を有するとした原審の判断は、その説示に照らし、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。

 

 同第三点について

 論旨は、要するに、本訴が昭和五一年三月三一日の経過により訴えの利益を喪失した、というにある。

  行政事件訴訟法に定める行政庁の処分の取消しの訴えは、その処分によつて違法に自己の権利又は法律上保護されている利益の侵害を受けた者がその処分の取消しによつて右の法益を回復することを目的とする訴えであり、同法九条が処分の取消しを求めるについての法律上の利益といつているのも、このような法益の回復を指すものと考えられる。換言すれば、違法な行政庁の処分がされ、そのために個人の権利ないし法律上保護されている利益が侵害されている場合に、その被害者からの訴えに基づいて右の処分を取り消し、その判決の効果によつて右の権利ないし法律上保護されている利益に対する侵害状態を解消させ、その法益の全部又は一部を回復させることが行政庁の処分の取消訴訟の目的であり、その意義なのである。したがつて、右のような法益の回復の可能性が存する限り、たとえその回復が十全のものでなくとも、なお取消訴訟の利益が肯定される反面、このような回復の可能性が皆無となつた場合には、たとえその処分が違法であつても、国家賠償法の規定に基づく損害賠償等の請求により救済を求めるのは格別、処分の取消しの訴えとしてはその利益を欠くに至つたものとしなければならない。

 本件は、被上告人の著作にかかり、すでに上告人の検定を経た高等学校用日本史の教科用図書(以下「教科書」という。)の部分改訂に関する検定申請に対しこれを不合格とした上告人の処分の取消しを求める訴訟であるところ、このような不合格処分の取消しの訴えの利益は、検定に合格することによりその所期する内容の著作が教科書として出版され、採択されることとなる可能性を有していたのに、違法な不合格処分によつてその可能性が失われたので、右不合格処分の取消しによつて再びこのような可能性を回復することができるという点に存すると認められる。もちろん、不合格処分が取り消されても、当然に合格処分があつたことにはならないから、検定に合格することによつてはじめて生ずる法律上の地位の回復ということはありえないけれども、不合格処分が取り消されると、処分庁は改めて検定申請に対する合否の決定をしなければならないこととなり、合格処分によつて前記の法律上の地位を取得する可能性が出てくるのであつて、このような可能性の回復自体が右の不合格処分の取消しの訴えの利益を基礎づけるものとされるのである。このように、一般に申請に対する拒否処分の取消しの訴えの利益は、申請に対する許可、特許、認可等の処分によつて生ずべき法律上の地位の取得それ自体にではなく、このような地位取得の可能性の回復という点に存するのであるが、しかしこの両者の間には密接な関係があり、拒否処分の取消しの結果行政庁が当初の申請に対し改めて許否の決定をすべき拘束を受けることとなつても、すでになんらかの理由によつて適法にこのような許可等の処分をすることができず、ひいてはこれによる法律上の地位の取得自体が不可能となるに至つたと認められるような事由が生じた場合には、許可等の処分を受ける可能性の回復を目的とする拒否処分の取消しを求める訴えの利益もまた、失われるに至つたものといわなければならない。

  本件訴訟は、前記のように、すでに検定に合格した被上告人の著作にかかる教科書の部分改訂についての各検定申請に対する不合格処分の取消訴訟であるが、さきの検定合格処分は、当時施行されていた教科用図書検定規則(昭和二三年文部省令第四号、昭和五二年文部省令第三二号による改正前のもの。以下「検定規則」という。)、教科用図書検定基準(昭和三三年文部省告示第八六号)及び同検定基準により検定における審査基準の実質的内容とされている高等学校学習指導要領(昭和三五年文部省告示第九四号、昭和四五年文部省告示第二八一号による改正前のもの。以下「旧学習指導要領」という。)のもとにおいてされたものであり、また、本件各改訂検定申請に対する各検定不合格処分も、昭和四二年三月二九日、当時施行されていた検定規則、右検定基準及び旧学習指導要領等のもとにおいてされたものであるところ、記録によれば、その後旧学習指導要領は前記昭和四五年文部省告示第二八一号によつて全面的に改正され(以下、右改正後の高等学校学習指導要領を「新学習指導要領」という。)、昭和五一年三月三一日の経過により、旧学習指導要領は全面的に失効し、これに代つて新学習指導要領が実施されるに至つていることが認められる。

 上告人は、右のように旧学習指導要領が全面的に改正された以上、もはや旧学習指導要領のもとにおける検定を経た教科書については改訂検定の余地がなくなり、したがつて、本件各検定不合格処分の取消しの訴えの利益は失われた旨主張するので、以下にこの点について検討する。(もつとも、旧学習指導要領が全面的に失効したのは原審の最終口頭弁論期日後のことであるから、上告審である当裁判所において前記事由を訴えの利益の問題として取り上げることができるかどうかという問題があるが、右の事由が本件各検定不合格処分の取消し自体を法律上無意味にさせるような性質のものであることにかんがみるときは、たとえそれが事実審の最終口頭弁論期日後に生じたものであつても、上告審裁判所において先決事項に関する問題としてこれをしんしやくし、本案前の裁判によつて訴訟を終結させることが許されるし、むしろそうすべきものと考える。被上告人は、上告審裁判所がこのような裁判をすることができるのは、訴えの利益喪失の原因とされるものが外形的に明確であるような例外的場合に限定されるべきである旨主張するが、そのように限定的に解すべき理由はない。)

 三 検定規則一〇条及び一一条の定める改訂検定とは、新規に検定を受ける新規検定に対し、すでに検定を経た教科書の内容を改訂しようとして全体のページ数の四分の一に満たない範囲内の改訂につき検定を受ける場合をいうものであるが、本来、検定の効力の及ぶ物的範囲は、検定審査の対象となつた教科書そのものに限られ、検定の効力は、改訂を加えた教科書には及ばないのであるから(検定規則九条)、検定を経た教科書(以下「検定ずみ教科書」ということがある。)の内容を部分的に改訂した教科書を教科書として使用に供するためには、本来なら改めてその全体につき検定を経なければならない筋合である。しかし、検定を経た教科書の内容を全面的に改訂するものではなく、単にその一部を改訂するにすぎない場合には、改訂と関係のない他の部分については前の検定の際に検定における審査基準に適合するものとの判定がされているのであるから、右審査基準そのものに変更がない限り、改訂の範囲が比較的小部分にとどまるものについては必ずしも改めて内容全体にわたつて審査をやり直すまでの必要はなく、かえつてそれは無駄な労力と費用を費やさせるにすぎないような場合も生じうることが明らかである。改訂検定の制度は、主として、このような無益な審査の重複を省略するため、一定の条件のもとに改訂を加えようとする箇所のみについて検定を実施し、これに合格すれば改訂内容を含む教科書の全体が検定を経た教科書としての効力を取得することになるものとした、いわば便法として設けられた特別の簡易検定手続というべきものと考えられる。このような制度の趣旨に照らして考えると、改訂検定の手続は、検定規則上特にその旨を明示してはいないが、改訂しようとする検定ずみ教科書の検定当時の審査基準と改訂検定時のそれとが同一であることを前提とするものであり、その間に審査基準の変更があつた場合には、原則として、改訂部分についてのみされる改訂検定は許されず、改めて右改訂部分を含む全体について新しい審査基準による新規検定を受けなければならないものと解するのが相当である。けだし、検定制度の性質上検定は検定時における審査基準によつてこれを行うのが原則であるところ、もし右の場合に改訂検定が許されるとすれば、その検定は新審査基準によつて行われることとなるべく、そうすると、一体としての教科書中のある部分は新審査基準による検定を経たもの、他の大部分は旧審査基準による検定を経たものという検定ずみ教科書としての統一性を欠き、かつ、その性格の不明確なものを生じさせ、検定制度の趣旨に反する結果となると考えられるからである。

 あるいはこれに対しては、審査基準が変更されても旧審査基準のもとで検定を経た教科書は当然に検定ずみ教科書としての効力を失うものとはされておらず、そうである以上、旧審査基準のもとにおける検定を経た教科書としてその部分改訂を施すことも当然には無意味、無用ということができないから、このような改訂を希望する者に対してはその途を開いてしかるべきであるとの議論がされるかも知れない。つまり、明文の反対規定が存しない以上、改訂検定はこのような旧審査基準による部分改訂についての検定をも含み、これを許すものと解すべく、殊に旧審査基準がなお効力を有していた当時に改訂検定の申請がされていたような場合には、そのような解釈をとることが必要であり、また、妥当でもあるというのである。確かに形式的にみればそのようにいえないこともないけれども、改訂検定が前記のような便法として認められた簡易検定手続であること、及び検定における審査基準が変更された場合には一般的にいつて新審査基準のもとで検定を経た教科書が教科書として利用されるのが検定制度の趣旨からは最も望ましいと考えられることに照らすと、単に審査基準が変更されても旧審査基準のもとで検定を経た教科書が検定ずみ教科書としての効力を失わないというだけのことから、かかる教科書についてわざわざ旧審査基準による改訂検定の途を開いてまでこれを存続させる特段の必要があるとは思われず、このことは右の改訂検定の申請が旧審査基準の失効前にされていた場合においても同様であるから、検定規則が一般的に前記のような意図を含有しているものと認めることは困難であるといわなければならない。それ故、右の議論は直ちに採用することができず、結局、教科書検定において審査基準が変更され、それが全面的に施行されるに至つた後は、原則として、旧審査基準のもとにおける検定を経た教科書についての新審査基準による改訂検定は、これを行うに由なきこととなるものと解するのが相当である。

 そうであるとすれば、前記のとおり旧学習指導要領は昭和五一年三月三一日の経過をもつて失効し、それに代つて新学習指導要領が全面的に実施され、これに伴つて本件各改訂検定申請に適用される審査基準も変更をみるに至つたのであるから、仮りに本件各検定不合格処分が取り消されても、昭和五一年四月一日以降は原則として本件各改訂検定申請につき新たに審査をすることは許されないこととなり、その結果被上告人は本件各検定不合格処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益を失うに至つたものということにならざるをえない。

 (なお、被上告人は、以上において論及した点のほかに、本件訴えの利益を基礎づける事由として、教科書は一般に幾度も改訂を重ねてゆくもので、同一の教科書についての著作者ないしは出版者と検定機関との関係は継続的関係としてとらえられるべきものであり、一度不合格とされた記述内容については著作者はその後同一内容の記述をする自由を拘束される反面、それが合格とされればこのような自由を取得ないし回復することができる結果になるのであつて、本件においても、本件各検定不合格処分が取り消されれば被上告人において当該内容の記述についての自由を取得ないし回復する可能性を生ずることとなるから、右処分の取消しを求める訴えの利益を失わない旨主張する。しかし、新学習指導要領のもとにおける新規の検定において合格となるかどうかは旧学習指導要領のもとにおけるそれとは全く別個独立に決定されるものであつて、旧学習指導要領のもとでの検定において合格とされた記述が当然に新学習指導要領のもとでの検定においても合格とされる法律上の保障は全くないし、また、逆に旧学習指導要領のもとでの検定における不合格処分は、それが確定してもその後にされる新学習指導要領のもとでの検定に対し格別確定力ないし拘束力を有するものではなく、著作者が同一内容の記述をしたものについて新学習指導要領のもとでの検定を申請し、不合格とされた場合に改めてこれを争うことを妨げないのである。このように、本件各検定不合格処分が取り消されても、被上告人は本件内容の記述の自由を法律上保障される可能性を回復するわけではなく、右記述が今後の検定において合格とされる可能性は単なる事実上のそれにとどまるのであつて、このような事実上の利益だけでは本件訴えの利益を基礎づけるに足りるものとすることはできない。それ故、被上告人の右主張は、採用の限りでない。また、被上告人は、本件各検定不合格処分によつて被上告人の名誉や学問的信用が毀損されたから、これを回復するという意味においても本件各検定不合格処分の取消しの訴えの利益がある旨をも主張するが、検定不合格処分は、それ自体としては著作者の名誉や学問的信用に対する侵害的性質を有する処分とは認められないから、仮りに被上告人に事実上右のような被害が生じたとしても、これに対しては国家賠償法の規定に基づく損害賠償等の請求により救済を求めるのは格別、これをもつて行政庁の処分の取消しの訴えの利益を基礎づける理由とはなしえないこと、冒頭に説示したとおりであるから、これまた採用することができない。)

  しかしながら、右に述べたところはあくまで原則論であつて、学習指導要領の変更といつてもその内容及び程度は区々でありうべく、学習指導要領が教科書の検定における審査基準として機能する場面においても、右の変更が審査に及ぼす影響の内容及び程度にはさまざまな相違がありうると考えられ、その変動が微小であつて審査基準の実質的な変更とみるべきものが少ないような場合には、改めて新審査基準による新規検定を経なければならないとする実質的必要性に乏しく、旧審査基準のもとにおける検定を経た教科書をそのまま使用させ、あるいはこれにつき新審査基準による改訂検定を経て部分改訂をしたものを使用させることとしても、必ずしも教科書検定の趣旨、目的に反せず、また、その整合性、一貫性をそこなうこともなく、諸般の事情からみてそれが最も合理的と認められるような場合も想定されないではない。そして、もし右のような場合には例外的に新審査基準による改訂検定が許されるとの解釈が可能であり、かつ、本件の場合がこれにあたることが肯定されるとすれば、被上告人はなお本件各検定不合格処分の取消しの訴えの利益を失わないということができるのである。そこで、果たして右のような解釈が可能かどうか、また、本件の場合がこれにあたるかどうかであるが、この点につき的確な判断をするためには、更に改訂検定制度と審査基準の変更との関係についての検定審査の運用面からの考察を含むより具体的な究明と、本件学習指導要領の改正が本件教科書の記述に及ぼすべき影響の内容及び程度等についての検討を必要とするものと考えられる。しかるに、本件においてこれまでにあらわれた訴訟資料のみによつては未だ右の判断をするのに十分でなく、他方、当審において引き続きこれらの点についての審理をすることは適当でない。

 以上の次第であるから、当裁判所は、その余の点についての判断を省略し、原判決を破棄したうえ、更に右の点の審理を尽くさせるため、本件を東京高等裁判所に差し戻すのを相当と考える。

 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

     最高裁判所第一小法廷

         裁判長裁判官    中   村   治   朗

            裁判官    団   藤   重   光

            裁判官    藤   崎   萬   里

            裁判官    本   山       亨

            裁判官    谷   口   正   孝

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