最大判平14.2.13 証券取引法

最大判平14.2.13 証券取引法

平成12()1965 短期売買利益返還請求事件  平成140213日 大法廷 判決 棄却 民集 第562331

 

東京高等裁判所 平成12()2963  平成120928

 

判示事項

1 証券取引法164条1項の趣旨

2 証券取引法164条1項と憲法29条

裁判要旨

 証券取引法164条1項は,上場会社等の役員又は主要株主が同項所定の有価証券等の短期売買取引をして利益を得た場合には,同条8項に規定する内閣府令で定める場合に当たるとき又は類型的にみて取引の態様自体から役員若しくは主要株主がその職務若しくは地位により取得した秘密を不当に利用することが認められないときを除き,当該取引においてその者が秘密を不当に利用したか否か,その取引によって一般投資家の利益が現実に損なわれたか否かを問うことなく,当該上場会社等はその利益を提供すべきことを当該役員又は主要株主に対して請求することができるものとした規定である。

 証券取引法164条1項は,憲法29条に違反しない。

参照法条

証券取引法1641項,憲法29

 

         主    文

       本件上告を棄却する。

       上告費用は上告人の負担とする。

 

         理    由

 上告代理人山田有宏,同丸山俊子,同松本修,同中島真紀子の上告理由及び上告受理申立て理由について

1 本件は,東京証券取引所第2部に株式が上場されている会社である被上告人が,証券取引法(以下「法」という。)164条1項に基づき,被上告人の主要株主である上告人に対し,被上告人発行の株式の短期売買取引による利益の提供を求める事件である。 

 上告人は,自己の計算において,平成11年中に数回にわたり被上告人発行の株式の買付けをし,それぞれ6か月以内にその売付けをし,合計2018万3691円の短期売買利益を得た。そこで,被上告人は,上告人に対し,同項に基づき,上記利益を被上告人に提供すべきことを請求している。これに対し,上告人は,同項は,上場会社等の役員又は主要株主がその職務又は地位により取得した秘密を不当に利用していわゆるインサイダー取引を行うことを規制し,もって一般投資家の利益を保護する趣旨の規定であるところ,上記株式の売付けの相手方と上告人とは代表者及び株主が同一であり,上記秘密の不当利用又は一般投資家の損害の発生という事実はないから,この売付けについて同項は適用されないと解すべきであり,そのように解さなければ,同項は憲法29条に違反すると主張している。

 

 法164条1項は,上場会社等の役員又は主要株主がその職務又は地位により取得した秘密を不当に利用することを防止するため,同項所定の特定有価証券等の短期売買取引による利益を当該上場会社等に提供すべき旨を規定し,同条8項は,役員又は主要株主の行う買付け等又は売付け等の態様その他の事情を勘案して内閣府令で定める場合には同条1項の規定を適用しないと定めている。上場会社等の役員又は主要株主は,一般に,当該上場会社等の内部情報を一般投資家より早く,よりよく知ることができる立場にあるところ,これらの者が一般投資家の知り得ない内部情報を不当に利用して当該上場会社等の特定有価証券等の売買取引をすることは,証券取引市場における公平性,公正性を著しく害し,一般投資家の利益と証券取引市場に対する信頼を著しく損なうものである。同項がこのような不当な行為を防止することを目的として設けられたものであることは,その文言から明らかである。

なお,同条8項は,取引の態様等を勘案してこのような秘密の不当利用の余地がないものと観念される取引の類型を定めることを内閣府令に委任したものであるが,上記の目的を達成するために同条1項の規定を適用する必要のない取引は内閣府令で定められた場合に尽きるものではなく,類型的にみて取引の態様自体から上記秘密を不当に利用することが認められない場合には,同項の規定は適用されないと解するのが相当である。

 そして,個々の具体的な取引について秘密を不当に利用したか否かという事実の立証や認定は実際上極めて困難であるから,上記事実の有無を同項適用の積極要件又は消極要件とすることは,迅速かつ確実に同項の定める請求権が行使されることを妨げ,結局同項の目的を損なう結果となり兼ねない。このようなことを考慮すると,項は,客観的な適用要件を定めて上場会社等の役員又は主要株主による秘密の不当利用を一般的に予防しようとする規定であって,上場会社等の役員又は主要株主が同項所定の有価証券等の短期売買取引をして利益を得た場合には,前記の除外例に該当しない限り,当該取引においてその者が秘密を不当に利用したか否か,その取引によって一般投資家の利益が現実に損なわれたか否かを問うことなく,当該上場会社等はその利益を提供すべきことを当該役員又は主要株主に対して請求することができるものとした規定であると解するのが相当である。

 

 所論は,法164条1項を合憲とした原判決には憲法29条の解釈適用を誤った違法がある,というのである。

 (1) 財産権は,それ自体に内在する制約がある外,その性質上社会全体の利益を図るために立法府によって加えられる規制により制約を受けるものである。財産権の種類,性質等は多種多様であり,また,財産権に対する規制を必要とする社会的理由ないし目的も,社会公共の便宜の促進,経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策に基づくものから,社会生活における安全の保障や秩序の維持等を図るものまで多岐にわたるため,財産権に対する規制は,種々の態様のものがあり得る。このことからすれば,財産権に対する規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきものであるかどうかは,規制の目的,必要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性質及び制限の程度等を比較考量して判断すべきものである。

 (2) そこでまず,法164条1項の規制の目的,必要性について検討するに,上場会社等の役員又は主要株主が一般投資家の知り得ない内部情報を不当に利用して当該上場会社等の特定有価証券等の売買取引をすることは,証券取引市場における公平性,公正性を著しく害し,一般投資家の利益と証券取引市場に対する信頼を損なうものであるから,これを防止する必要があるものといわなければならない。同項は,上場会社等の役員又は主要株主がその職務又は地位により取得した秘密を不当に利用することを防止することによって,一般投資家が不利益を受けることのないようにし,国民経済上重要な役割を果たしている証券取引市場の公平性,公正性を維持するとともに,これに対する一般投資家の信頼を確保するという経済政策に基づく目的を達成するためのものと解することができるところ,このような目的が正当性を有し,公共の福祉に適合するものであることは明らかである。

 次に,規制の内容等についてみると,同項は,外形的にみて上記秘密の不当利用のおそれのある取引による利益につき,個々の具体的な取引における秘密の不当利用や一般投資家の損害発生という事実の有無を問うことなく,その提供請求ができることとして,秘密を不当に利用する取引への誘因を排除しようとするものである。上記事実の有無を同項適用の積極要件又は消極要件とするとすれば,その立証や認定が実際上極めて困難であることから,同項の定める請求権の迅速かつ確実な行使を妨げ,結局その目的を損なう結果となり兼ねない。また,同項は,同条8項に基づく内閣府令で定める場合又は類型的にみて取引の態様自体から秘密を不当に利用することが認められない場合には適用されないと解すべきことは前記のとおりであるし,上場会社等の役員又は主要株主が行う当該上場会社等の特定有価証券等の売買取引を禁止するものではなく,その役員又は主要株主に対し,一定期間内に行われた取引から得た利益の提供請求を認めることによって当該利益の保持を制限するにすぎず,それ以上の財産上の不利益を課するものではない。これらの事情を考慮すると,そのような規制手段を採ることは,前記のような立法目的達成のための手段として必要性又は合理性に欠けるものであるとはいえない。

 (3) 以上のとおり,法164条1項は証券取引市場の公平性,公正性を維持するとともにこれに対する一般投資家の信頼を確保するという目的による規制を定めるものであるところ,その規制目的は正当であり,規制手段が必要性又は合理性に欠けることが明らかであるとはいえないのであるから,同項は,公共の福祉に適合する制限を定めたものであって,憲法29条に違反するものではない。

 

 したがって,原審が,上場会社等の役員又は主要株主がその職務又は地位により取得した秘密を不当に利用したこと又は一般投資家に損害が発生したことは法164条1項適用の要件ではないとし,同項は憲法29条に違反しないと判断したことは,正当として是認することができる。原判決に所論の違憲,違法はなく,論旨は,いずれも採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

    最高裁判所大法廷

(裁判長裁判官 山口 繁 裁判官 千種秀夫 裁判官 河合伸一 裁判官 井嶋一友 裁判官 福田 博 裁判官 藤井正雄 裁判官 金谷利廣 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 奥田昌道 裁判官 梶谷 玄 裁判官 町田 顯 裁判官 深澤武久 裁判官 濱田邦夫 裁判官 横尾和子)


スポンサーサイト

0 Comments

Post a comment