最大判昭32.6.19 外国人再入国

最大判昭32.6.19 外国人再入国

昭和29()3594 外国人登録令違反  昭和320619日 大法廷 判決 棄却 刑集 第1161663

 

東京高等裁判所 昭和291008

 

判示事項

 憲法第二二条は外国人の日本国入国の自由を保障するか

 外国人登録令第三条第一二条の合憲性

裁判要旨

 憲法第二二条は外国人の日本国に入国することについてなにら規定していないものというべきである。

 外国人登録令第三条、第一二条は憲法第二二条に違反しない。

参照法条

憲法22条,外国人登録令3条,外国人登録令12

 

         主    文

     本件上告を棄却する。

 

         理    由

 弁護人三浦徹の上告趣意第一点について。

 所論は、憲法二二条は当然に外国人が日本国に入国する自由をも保障しているものと解すべきであるから、外国人登録令三条、一二条は、憲法二二条に違反する旨主張する。

 よつて案ずるに、憲法二二条一項には、何人も公共の福祉に反しない限り居住・移転の自由を有する旨規定し、同条二項には、何人も外国に移住する自由を侵されない旨の規定を設けていることに徴すれば、憲法二二条の右の規定の保障するところは、居住・移転及び外国移住の自由のみに関するものであつて、それ以外に及ばず、しかもその居住・移転とは、外国移住と区別して規定されているところから見れば、日本国内におけるものを指す趣旨であることも明らかである。そしてこれらの憲法上の自由を享ける者は法文上日本国民に局限されていないのであるから、外国人であつても日本国に在つてその主権に服している者に限り及ぶものであることも、また論をまたない。されば、憲法二二条は外国人の日本国に入国することについてはなにら規定していないものというべきであつて、このことは、国際慣習法上、外国人の入国の許否は当該国家の自由裁量により決定し得るものであつて、特別の条約が存しない限り、国家は外国人の入国を許可する義務を負わないものであることと、その考えを同じくするものと解し得られる。従つて、所論の外国人登録令の規定の違憲を主張する論旨は、理由がないものといわなければならない。

 

 同第二点について。

 論旨は量刑不当の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

 記録を調べても、本件につき刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

 よつて刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。

 この裁判は、裁判官斎藤悠輔の補足意見並びに裁判官真野毅、同小林俊三、同入江俊郎、同垂水克己の意見がある外、裁判官全員一致の意見によるものである。

 

 裁判官斎藤悠輔の上告趣意第一点についての補足意見は、次のとおりである。

 所論は、原審で主張がなく、従つて、原判決はそれにつき何等の判断をも示していない。従つて、所論は、原判決に刑訴四〇五条一号後段にいわゆる憲法の解釈に誤があることを理由とするものということはできない。また、原判決は、事後審として単なる法令違反、量刑不当を理由とする控訴を棄却しただけで、所論外国人登録令の規定を適用したわけではないから、原判決に刑訴四〇五条一号前段にいわゆる憲法の違反があることを理由とする場合に当るものともいえない。されば、所論は、上告適法の理由として採用することはできない。

 

 裁判官真野毅の上告趣意第一点に対する意見1は次のとおりである。

 憲法二二条一項は、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転……の自由を有する」と定めている。この規定の保障を受ける者は、日本国民に限定されているわけではなく、「何人も」本条の保障を受けるのである。すなわち外国人もまた本条の保障をうける。ここまでの考え方は多数意見と同様である。

 そこで多数意見は、本条の保障は日本国内における居住・移転のみに限るとしているが、わたくしはその居住・移転という中には入国も当然含まれている趣旨であると解するを相当だと考える。旅行その他で海外に滞在していた日本国民が帰つて来て入国する場合及び海外にあつて日本の国籍を取得した日本国民が初めて入国する場合において、入国の自由は、本条によつて憲法上当然保障されているとするが相当であり、またそうしなければならぬ。けだし、国内だけの居住・移転の自由については憲法上の保障があるが、入国の自由については憲法上の保障がないとすることは、著しく物の均衡を害し条理に反することとなるからである。

 右のように日本国民の入国について本条の保障があると解する以上、外国人の入国についても同様に本条の保障があるとしなければならぬことは、当初に述べたとおりである。かように憲法は、近代的な国際交通自由の原則の立場を採つたことを示している(世界人権宣言一三条参照)。しかし、同時に憲法は、公共の福祉を保つ見地から前記自由に適当の制限を立法上加えうることを定めている。そして所論の外国人登録令の規定は、公共の福祉を保つために設けられたものであつて、合憲性を有するものと解すべきである。それ故、違憲の論旨は採ることをえない。

 

 裁判官小林俊三、同入江俊郎意見.2は次のとおりである。

 われわれは、上告趣意第一点に対する判断について多数意見と結論を同じくするものであるが、その理由の基くところを異にするので、ここに意見を述べる。

 いずれの国の憲法も、その国の根本法規としての基盤となる基本的な理想又は原理というものを何らかの言葉で示しているのを常とする。かかる理想又は原理は、その国の憲法の条規を解釈するに当りまず立つべき前提であつて、これを離れることは許されないものと考えなければならない。わが国の憲法は、その成立過程についてとかくの論議はあるにしても、すでに根本法として存立する以上、その中に盛られた基本的な理想や原理は最大の尊重を払わなければならない。そこで通常わが憲法の基本的原理といわれる国民主権、恒久平和、基本的人権尊重の三つの理想に通じて根底に横わるものは、人類普遍の原理ということであり、またかくして国境を越え世界を通じて恒久平和を達成せんとする念願でもある。これらのことは憲法の前文によつて明らかであり、特に自ら「いづれの国家も自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」ことを宣言していることからも確認することができる。この趣旨から考えてみると、わが憲法は、外国人の権利義務についても、正常の国際関係に立つかぎり、わが国民としての地位と相容れないものを除くのほか、できるかぎりこれをひとしくしようとする原則に立つていると見なければならない。従つて憲法の条規中「何人も」とある場合は、常にこの趣旨を念頭に置いて解することを要するのである。

 ところで多数意見は、本件について憲法二二条の保障するところを解して、居住、移転及び外国移住の自由のみに関するものであつて、それ以外には及ばず、そして居住、移転とは日本国内におけるものを指すといい、また同条は、外国人の日本国に入国することについてはなにら規定していないのであつて、このことは、国際慣習法上外国人の入国の許否は、その国家の自由裁量の事項であつて、国家は外国人の入国を許可する義務を負わないという考え方と趣旨を同じくすると判示している。しかしながら、まず居住、移転の保障を日本国内にのみ限るという解釈は、右同条がこれら二つを外国移住と区別して規定していることを主たる理由としているが、わが国民で海外に旅行し又は居住していた者が帰国することは、すなわち入国であつて、この自由が右同条の保障に含まれないと解することは、国民が一たん海外に出るときは帰国については憲法の保障を欠くこととなり著しき背理たるを免れない。このことは海外にあつて日本の国籍を取得した者が、わが国に入国する場合においても同様である。このような結論は多数意見もおそらく是認しないところであろう。しかし多数意見の判文が前記のように解されるのは、後段において外国人の入国の保障を否認する立場をとつたために、文理のみによつて「入国」そのものをことさらに無視した結果生じた表現であろう。本来入国ということは、条理の上からいつても、外国移住についてはもちろん、外国との関連において考えるかぎり、居住、移転についても、通常その観念の半面に存するものであつて、これを除外すべき特段の理由は認められない。特に世界各国民の交通が著しく頻繁容易となり、地球が狭少となつたといわれる現状において、「入国」という辞句のないことをもつて除外の理由とするのは、ことさらに条理を無視するのそしりを免れないであろう。このように前記法条が、当然「入国」を含むと解すべきものである以上、本件の問題はただ「何人も」の解釈によつて定まるものといわなければならない。そこで冒頭にくりかえし強調したわが憲法の基本的原理は、ここにおいても当然前提として考慮せらるべきものであつて、その結論はおのずから明らかであろう。すなわち本条の「何人も」のうちには外国人を含むと解してもわが国民の地位と相容れないものではないこというまでもなく、従つて外国人も入国についてわが国民と同じ保障を受ける地位に立つという原則をまず是認しなければならないのである。多数意見のように旧来の「国際慣習法上」という前提によりたやすく外国人の入国を憲法の保障外に置くことは、新しき理想を盛つたわが憲法の基本的原理を全く無視するものといわなければなるまい。しかしこれまでは原理であつて、かかる基本的考え方に立つた上、なお国家対立の現状にかんがみ、その後に生ずる第二次の問題はおのずから別である。すなわち各国民が各自国家を形成し、窮極の理想は別として第一段においては、それぞれまず自国民の福祉を保持することを先とする現実において、それぞれの憲法が公共の福祉を保持するため外国人の入国について特定の制限をすることは認めらるべきであつて、わが憲法ももとよりこの趣旨を除外するものではない。本件外国人登録令の規定は、右の趣旨に基き定められたものと認められるのであつて、単に外国人の入国を制限しているということだけで、その違憲をいうのは当らず、違憲の論旨の採用できないこと多数意見と結論を同じくする。ただわれわれの意見としては、多数意見が、無条件に外国人の入国は、本来わが国の自由に制限し得る事項であるという原則に立つ点において見解を異にするのであつて、現行憲法の解釈としては、いわゆる「国際慣習法上」なる前提に無批判に立脚することを、一たん脱却すべきものであると要請したいのである。

 

 裁判官垂水克己の上告趣意第一点についての意見3は次のとおりである。

 憲法二二条は、出入国、居住、移転及び職業選択の自由については、日本国民に対しては公共の福祉に反しない限り広くこれを認め、また、外国人に対しても事柄の性質上当然日本国民と異る厳格な制約をつけうべきことを前提としつつ、しかも、公共の福祉に反しない限り僅かでもその自由を認める主義をとつたものと解せられる。この理由から、同条は在外日本国民には広い入国の自由を、また、国内日本国民並びに左留外国人には広い外国旅行、移住等出国の自由(及びわが国内に住所を有する外国人の外国旅行からの帰還の自由)を認めるものであつて、無制限にこれを拒否することはなく、また一般外国人の入国も全般的に永く禁止し鎖国するようなことはせず、ただ公共の福祉上暫定的にのみ禁止することができるとするもの、すなわち、外国人にも入国の自由を、どちらかといえば、認めるに傾いた主義をとつたもの、と考えられる。所論外国人登録令は、一定の台湾人、朝鮮人を同令の適用については当分の間これを外国人とみなす(一一条)とともに、外国人は、当分の間、本邦に入ることができないと定め(三条一項)その違反を処罰する(一二条)が、これらの規定は、わが史上空前の国内秩序の混乱、秩序維持力の弱体化、わが国と諸外国との国際関係の不安定、その他従前わが内地と深い関係のあつた外国地域に関係ある外国人等のわが国との取引往復の一般的要望その他占領下、終戦後の特殊事情に基き、相当程度国の平和秩序が回復するまでの間のために公共の福祉の必要から設けられた規定であると観られる。この理由から、所論の外国人登録令の規定は憲法二二条に違反せず、論旨は理由がないとせらるべきである。

  昭和三二年六月一九日

     最高裁判所大法廷

         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎

            裁判官    真   野       毅意見1

            裁判官    小   谷   勝   重

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔補足意見

            裁判官    藤   田   八   郎

            裁判官    河   村   又   介

            裁判官    小   林   俊   三意見2

            裁判官    入   江   俊   郎意見2

            裁判官    池   田       克

            裁判官    垂   水   克   己意見3

            裁判官    河   村   大   助

            裁判官    下 飯 坂   潤   夫

            裁判官    奥   野   健   一

            裁判官    高   橋       潔

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