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最決平28.5.25 シエスパ爆発

最決平28.5.25
平成26()1105 業務上過失致死傷被告事件 平成28525日 第一小法廷 決定 棄却 刑集 第705117頁 

 

東京高等裁判所 平成25()1419 平成26620

 

主 文

本件上告を棄却する。

 

理 由

弁護人吉田秀康ほかの上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

なお,所論に鑑み,被告人の過失の有無について,職権で判断する。

原判決及びその是認する第1審判決の認定によれば,本件の事実関係は次のとおりである。

(1) 被告人は,不動産会社(以下「本件不動産会社」という。)から東京都渋谷区内の温泉施設(以下「本件温泉施設」という。)の建設工事を請け負った建設会社(以下「本件建設会社」という。)の設計部門に所属し,本件温泉施設の衛生・空調設備の設計業務を担当した者であり,建築設備に関する高度の知識と豊富な経験を有していた。

本件建設会社では,施工部門の担当者が,発注者に対して,設備の保守管理につき説明する職責を負い,設計部門の担当者は,施工部門の担当者に対して,その点につき的確な説明がされるよう,設計上の留意事項を伝達すべき立場にあった。

(2) 本件温泉施設は,客用の温泉施設等があるA棟と温泉一次処理施設等があるB棟の2棟の建物で構成され,A棟で使用する温泉水をB棟地下機械室に隣接する区画にある井戸口からくみ上げていたが,メタンガスが溶存していたため,同室内にあるガスセパレーターでメタンガスを分離させた後,温泉槽で一時貯留し,そこからA棟地下機械室へ温泉水を供給するとともに,ガスセパレーターないし温泉槽内で分離,発生したメタンガスをそれぞれに取り付けられたガス抜き配管を通してA棟側から屋外へ放出する構造がとられていた。各ガス抜き配管は,両棟の各地下機械室をつなぐ地下のシールド管内を通されていたが,シールド管内を通る各横管部分が最も低い位置にあり,そのため温泉水から分離された湿気を帯びたメタンガスが各ガス抜き配管内を通る際に生じる結露水は,その各横管部分にたまる構造となっていた。このようにしてたまった結露水を放置すれば,各ガス抜き配管が閉塞するおそれがあったため,結露水を排出する必要性が生じたが,被告人自身も,通気が阻害されることへの対応をとる必要性は認識しており,B棟側からシールド管に入る手前の各ガス抜き配管の横管部分の下部に,それぞれ水抜き配管及び水抜きバルブが取り付けられ,適宜各水抜きバルブを開いてたまった結露水を排出する仕組みが設けられることとなった。被告人は,メタンガスの爆発事故を防止するために,結露水の排出が重要な意義を有することを認識できたものである。

しかし,そのような結露水排出の仕組みの存在,その意義等について,本件建設会社から本件不動産会社に説明されることはなく,本件温泉施設で温泉水のくみ上げが開始されてから本件爆発事故に至るまでの間に,各水抜きバルブが開かれたことは一度もなかった。

(3) 本件爆発事故の具体的な因果経過は,結露水が各ガス抜き配管内にたまり,各ガス抜き配管が閉塞し,ないし通気を阻害されたことにより,行き場を失ったメタンガスが,B棟地下機械室内に漏出した上,同室内に設置された排気ファンも停止していたため滞留し,温泉制御盤のマグネットスイッチが発した火花に引火して,爆発が発生したというものであった。本件爆発事故の結果,B棟内において,本件温泉施設の従業員3名が死亡し,2名が負傷し,B棟付近路上において,通行人1名が負傷した。

(4) 本件温泉施設の温泉一次処理施設を単独で設計していた被告人は,本件建設会社の施工担当者に対して,排ガス処理のための指示書として,設計内容を手書きしたスケッチ(以下「本件スケッチ」という。)を送付したが,結露水排出の意義や必要性について明示的な説明はされなかった。また,本件スケッチには,ガスセパレーターから出た逆鳥居型(一旦下方に向きを変え,横に向かってから,上方に向きを変える形態)の配管構造,水抜きバルブ(ドレーンバルブ)付きの配管が図示され,水抜きバルブを通常開いておくことを示す「常開」の文字等が記載される一方,水抜きバルブ付きの配管がガス抜き配管内に発生する結露水を排出する目的のものであることについての説明は記載されていなかった。

その後,被告人は,本件温泉施設の施工を担う下請会社の担当者から,水抜きバルブを「常開」とすると硫化水素が漏れるので「常閉」にすべきではないかと指摘され,同人に対して,水抜きバルブを「常閉」に変更するように口頭で指示した。この指示により,本件温泉施設の保守管理の一環として,適宜手作業で各水抜きバルブを開いて各ガス抜き配管内の結露水を排出する必要性が生じたが,被告人は,下請会社の担当者に対して,水抜き作業が必要となることやそれが行われないと各ガス抜き配管の通気が阻害されて危険が生じることなどについて説明しなかった。

また,本件建設会社の施工担当者に対しても,水抜きバルブの開閉状態について指示を変更したことやそれに伴って水抜き作業の必要性が生じることについての説明がされることはなかった。

そこで検討すると,本件は,上記のとおり,ガス抜き配管内での結露水の滞留によるメタンガスの漏出に起因する温泉施設の爆発事故であるところ,被告人は,その建設工事を請け負った本件建設会社におけるガス抜き配管設備を含む温泉一次処理施設の設計担当者として,職掌上,同施設の保守管理に関わる設計上の留意事項を施工部門に対して伝達すべき立場にあり,自ら,ガス抜き配管に取り付けられた水抜きバルブの開閉状態について指示を変更し,メタンガスの爆発という危険の発生を防止するために安全管理上重要な意義を有する各ガス抜き配管からの結露水の水抜き作業という新たな管理事項を生じさせた。そして,水抜きバルブに係る指示変更とそれに伴う水抜き作業の意義や必要性について,施工部門に対して的確かつ容易に伝達することができ,それによって上記爆発の危険の発生を回避することができたものであるから,被告人は,水抜き作業の意義や必要性等に関する情報を,本件建設会社の施工担当者を通じ,あるいは自ら直接,本件不動産会社の担当者に対して確実に説明し,メタンガスの爆発事故が発生することを防止すべき業務上の注意義務を負う立場にあったというべきである。

本件においては,この伝達を怠ったことによってメタンガスの爆発事故が発生することを予見できたということもできるから,この注意義務を怠った点について,被告人の過失を認めることができる

なお,所論は,設計担当者である被告人は,施工担当者から本件不動産会社に対して水抜き作業の必要性について適切に説明されることを信頼することが許される旨主張する。しかし,被告人は,本件建設会社の施工担当者に対して,結露水排出の意義等に関する記載のない本件スケッチを送付したにとどまり,その後も水抜きバルブに係る指示変更とそれに伴う水抜き作業の意義や必要性に関して十分な情報を伝達していなかったのであるから,施工担当者の適切な行動により本件不動産会社に対して水抜き作業に関する情報が的確に伝達されると信頼する基礎が欠けていたことは明らかである。

したがって,被告人に本件爆発事故について過失があるとして,業務上過失致死傷罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判決は,正当である。

よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官大谷直人の補足意見がある。

 

裁判官大谷直人補足意見は,次のとおりである。

法廷意見は,本件の事実関係を前提にするとき,被告人はその業務上の注意義務を怠ったといえる旨を述べた上で,本件がいわゆる信頼の原則を適用すべき事案に当たるとする弁護人の所論を排斥しているが,上告趣意中では,予見可能性がないという観点からの主張もされているので,この点についての私の意見を補足する。

法廷意見に判示されているとおり,本件においては,メタンガスがB棟地下機械室内に漏出した後,B棟排気ファンが停止していたためにガスが滞留したという事態が生じており,また,第1審判決及び原判決において,B棟排気ファンの異常をA棟事務室に知らせるために設けられていた警報盤の警報ブザーが鳴らなかったことも認定されている。弁護人の所論は,このような本件爆発の機序に関わる事実関係を前提にして,結果の予見可能性が被告人には認められないとするものである。

しかし,本件は,業務運営上メタンガスの発生が不可避となる温泉施設において,ガスの引火・爆発を防止するための安全対策に関して,設計面における担当者がその任務を果たしたかが問題とされている事案である。そして,設計に当たっては,ガス抜き配管設備が本来的なメタンガス排出装置として想定され,その安全を更に担保するものとして,B棟排気ファン等の装置が組み込まれたことは明らかである。したがって,水抜きバルブを閉め続けることにより,ガス抜き配管について当初の設計上予定されていたメタンガス排出の機能に重大な問題が生じるおそれがあったということは,この設計の全体像に関わる問題ということができる。第一義的な安全装置として設計されたシステムの機能についてその後問題点を生じ得る事情が判明した場合に,設計担当者としては,その点の改善の必要性を伝達するか,仮にそれを放置するのであれば,当然に,二次的,三次的に設けられた予防装置が当初の設計のままでよいのかについての見直し作業を行うことが求められるはずである。そうした行動をとることを怠った被告人について,排気ファン等の存在をもってその過失責任を否定することはできない。第1審,原審も,このような枠組みを前提に,被告人の過失を肯定したものと解される。

結果発生に至る因果のプロセスにおいて,複数の事態の発生が連鎖的に積み重なっているケースでは,過失行為と結果発生だけを捉えると,その因果の流れが希有な事例のように見え具体的な予見が可能であったかどうかが疑問視される場合でも,中間で発生した事態をある程度抽象的に捉えたときにそれぞれの連鎖が予見し得るものであれば,全体として予見可能性があるといえる場合がある。これまでの裁判実務においては,このような考え方に立って過失の有無が論じられてきた事例が存在する。

しかし,上記3のとおり本件の注意義務を理解するとき,本件は,上記のような予見可能性の判断手法,すなわち,連鎖的な事態が発生していることを捉えて「因果関係の基本的部分」は何かを検討する手法によるのがふさわしい類型とはいえないと思われる。「基本的部分の予見可能性」というポイントは,メタンガス処理の安全対策としての本件設計の意義をどのようなものと認識するかという検討に解消されているということもできよう。

過失犯については,結果の予見可能性,回避可能性という大枠によって成否を判断するのがこれまでの確立した考え方であり,もとより本件もその枠組みの中で検討されることになるが,その争点化に当たっては,具体的にどのような基準等が有用な判断要素になるかにつき,この種事案特有の多様な事件類型に応じて,適切な抽出が求められるところであろう。

(裁判長裁判官 大谷直人補足 裁判官 櫻井龍子 裁判官 山浦善樹 裁判官池上政幸 裁判官 小池 裕)

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